
ブログ駅伝20区
フェロモンたっぷりの河瀬さんからタスキを受け取りました、
「DJ倉田」こと倉田浩二です。
追いコンの日は迷惑かけました。
いつもはかなり静かですけど、これからはあの日まではいかないにしても、
もう少し元気にやっていこうと思います。
自己紹介です。
僕は広島県の近畿大学附属福山高校(近大福山)からここ中京大学にやってきました。
高校時代、2年のころはそれなりに結果を残せていましたが、
3年の春先から調子を崩し、疲労骨折になってしまって、
6・7・8月と走れない日々が続きました。
何とか練習を始めましたが、県・地区の駅伝は走ることが出来ませんでした。
その後何とか、5000mのベストを15分03秒に更新しましたが、
非常に悔しい高校時代となりました。
しかし今現在、そのタイムがまだ更新できていないというのも正直悔しいことです。
高校は引退と同時に全然走らなくなって、
中京に来たころは以前JOGに感じていた練習が走りきれないほど苦しく感じていました。
でも何とか走れるようになりたい・・・
しかしなかなか上手くはいきませんでした。
走りたいけど走れない。
それが、走れないから走りたくない、という感情に変わってしまいました。
そんな気持ちの僕を変えてくれたのが、東海学生駅伝でした。
負けたときのチームの雰囲気のなかで、
高校時代、走れずに過ごした悔しい日々、
もっとやること、やれることが自分にはたくさんあったんじゃないか、
という思いが出てきました。
このままじゃ決して僕は終わりません。
高校時代から大切にしている言葉、
「強くなるために、何が必要で、何ができて、そして今、何をやれているのか」
を胸にいつかチームに必要とされる選手を目指しこれからもっともっと頑張っていきます。
長々とすみませんでした。
さぁ次の中継点です。
同じ正木寮の住人で、さらに同じ中国地方の走人、
「ナベ」でおなじみの渡邊大介君です→→→
コメントを投稿